電気・設備現場の「見えないリスク」をあぶり出す!― 請負構造と労災報告の闇 ―
2025/10/15
投稿者:elecareer_staff
「うちは労災事故ゼロ件だ」「軽微な事故は発生していない」と公言する現場は、本当に安全でしょうか。電気・設備工事の現場では、多重請負構造と報告を抑制する企業文化という二つの要因が重なり、「ヒヤリ・ハット」や「軽微な事故」が組織的に隠蔽されるリスクを内包しています。
この状態は、表面的な「事故ゼロ」という数字の裏で、小さな異常が放置され、いつ大事故につながってもおかしくない状態を指します。本コラムでは、なぜ「報告されない事故」が現場で起きるのかを、建設業界特有の構造と、技術者個人のキャリアに与える影響という観点から深掘りし、安全な現場を見極める視点を提供します。
1:「労災隠し」の経済学:元請けの評価と下請けの存続を秤にかける構造
感電や転倒などの軽微な事故であっても、それを労災として正式に報告することは、最下層の下請け企業にとって「現場からの退場リスク」を意味します。これが、報告を意図的に抑制する最大の理由です。
1. 元請けの評価システムとペナルティ
大手元請け企業は、安全管理体制の評価を厳しく行い、労災発生を下請け選定の重要なマイナスポイントとします。報告が上がれば、次の受注機会の喪失、あるいは現場からの即時撤退を命じられる可能性があります。この「評価が下がる」という経済的な恐怖が、現場レベルでの「軽傷なら通院費を出すから労災にしないでくれ」という口止めや、「自己責任」への誘導を引き起こします。
2. 「責任の空白」が事故を矮小化する
多重下請け構造が深くなるほど、最前線で働く作業員にとっての実質的な安全管理者が曖昧になります。元請け、一次請け、二次請けの間で責任の所在がたらい回しにされ、「誰に報告しても状況は改善しない」という諦めの空気が蔓延します。結果として、作業員は自らの不利益を避けるために、事故を「不運な出来事」として自己完結させてしまうのです。
2:「資格者の孤立」:保安規制上の責任を個人に押し付ける構造
電気設備業界では、主任技術者や監理技術者といった法定選任者が、現場の安全管理体制の不備によって、最も大きな法的リスクを負うことになります。
1. 名ばかり管理者と専任義務の「闇」
建設業法では、一定規模以上の工事に主任技術者・監理技術者の配置が義務付けられていますが、「専任」のはずが、複数現場を兼務したり、日中は事務所にいて現場の確認が不十分な「名ばかりの管理者」が常態化しています。
しかし、事故が発生した場合、形式上の配置であっても、その管理責任は資格保有者個人に帰属します。構造的な安全管理の不備(報告ルートの欠如、安全教育の不足)が原因で事故が起きても、組織ではなく資格者が法的・行政的な責任を負わされるリスクが高いのです。
2. 報告されないリスクが「資格停止」につながる
軽微な事故が報告されず、その原因が放置された結果、重大な事故につながった場合、その企業の安全管理体制全体が問われます。この際、法定選任者には行政処分(資格停止や取り消し)が下される可能性があります。「事故ゼロ」という数字は、あなたの資格とキャリアを守るどころか、見えない法的な危険を温存していることになります。
3:安全文化への「投資」が、高待遇な現場を創る
真に安全な現場とは、「事故が起きない現場」ではなく、「正直に報告した人が評価され、そのデータが再発防止に活かされる現場」です。安全をコストではなく「投資」と見なす企業は、技術者を守り、結果的に高待遇を提供します。
1. ヒヤリハットを「昇給」に繋げるデータ活用
安全に投資する企業は、軽微な事故やヒヤリハット報告をマイナス評価しません。むしろ、報告を「改善の種」と捉え、報告件数の多さを「リスク顕在化能力の高さ」として評価します。
【具体的な例】
- 報告チャネルのデジタル化により、現場からスマートフォンで匿名報告を可能にする。
- 外国籍作業員向けに、母国語で危険予知活動(KYT)マニュアルを整備する。
- ヒヤリハット報告に基づき、特定の作業手順や工具の改善を提案した技術者に報奨金や人事評価の加点を行う。
2. 「正直に言える」環境はキャリアの安定に直結する
声を上げた人が評価される仕組みは、結果として、働きやすい環境、高い技術定着率、そして安定した受注につながります。あなたが転職を考える際、「安全への投資」が適切に行われている企業を選ぶことは、あなたの命と資格、そして長期的なキャリアの安定を確保するための最高の選択基準となります。
まとめ:「声を上げる勇気」は、あなたのキャリアを守る「最高の安全弁」である
「報告されない事故」は、単に現場の数字をごまかすだけでなく、多重請負構造の歪みを固定化し、最終的に主任技術者個人の資格とキャリアに重大なリスクを負わせます。
安全を確保する責任の連鎖がどこかで断ち切られている現場は、働くべき場所ではありません。
これからの電気設備技術者に求められるのは、「体力」や「資格」だけでなく、「構造的なリスクを見抜き、声を上げ、データを活用して改善を促す」能力です。正直に報告し合える文化を、自ら選び、あるいは築き上げること。それが、あなたの資格と市場価値を未来永劫守り続ける「最高の安全弁」となるでしょう。